【5】




試験が終わるとトントン拍子で夏休みがやってきた。

部活動がある神田には夏休みもでも夏休みとは感じられずにいた。

一方、ラビは短期のアルバイトを見つけたので、真面目に従事していた。

ふたりはいきなり会う機会が減ってしまったので、自然と夜は携帯電話で話すようになった。

 

 

 

 

「お先に失礼します」

タイムカードを切ってバイト先を出たラビは仰天した。

従業員用の出口の先で神田が壁に寄りかかり腕組をしていた。

「お疲れ」

ラビの姿をみて、ぼそっと照れくさそうに神田はつぶやくように言葉を投げかけ小さく微笑んだ。

「ど、どうしたんさ?」

「会いに来た」

「え?オレに?」

「お前以外ここに誰がいる」

「そ、そうだけど・・・」

困惑するラビに神田は言葉を続ける。

「これから少し時間・・・いいか?」

「もちろん大丈夫さ!どっかお茶しに行く?」

「いや、そこの公園でいい」

「公園?」

「静かなところがいいんだ」

神田は身体の向きを変え歩き出す。

後を追うようにラビは続いた。

大通りを挟んで小さな公園がある。

バイトに行く時はこの公園を突っ切ってから大通りの歩道橋を渡るのだ。

砂場と鉄棒と滑り台。あとは横長のベンチがひとつあるだけの小さな公園だ。

少々緑はあるが、大通りからは公園の中の見通しはいい。

公園の中に入り,地面を軽く蹴るようにして神田はラビの方へ身体を向かせ、

肩に下げている鞄の中から、あるメーカーのロゴが入ったビニール袋を取り出した。

「これ・・・貰ってくれ」

袋をラビの胸に押し付けるようにし、神田は俯いた。

「明日・・・お前の誕生日だろ?」

「え?」

ラビは差し出された袋と俯いてる神田に交互に視線を向ける。

「本当は明日渡した方がカッコつくんだけど、明日は試合があるから・・・・」

神田は俯いたまま再度ラビの胸に袋を突き付けた。

ラビはやっとそれを手に取り「プレゼント・・・ってこと?」と眼をまん丸くしてる。

「まぁ・・・そんなとこだ」

ようやく渡せた安堵感か、神田は顔をもたげ微笑む。

袋の中を見ていいかと訊ねるラビに、立ってるのもなんだからとふたりはベンチに座る。

ラビはわくわくしながら袋の中を覗きこみ、ラッピングされた箱を取り出した。

じれったそうにラッピングを解き、ドキドキする気持ちを放ち箱を開ける。

「スニーカーさっ!」

「あぁ、お前の靴、それじゃな~」と神田はラビの靴に目配せする。

ラビは脚を上げて「あ・・・ボロボロさね」と苦笑し神田に視線を向ける。

そういえば靴なんてこのところ変えてなかったと振り返る。

雨の日だってなんだって今履いているこの靴だった。

買った時はキナリ色だったのに灰色のような茶色のような色に変色し、

原形色が完全になくなっていた。

「それにさ、靴って意外と使ってもらえるだろ?」

「オレは特にさ」

ふたりは眼を合わせ笑った。

神田が選んだスニーカーは深すぎない紺色で、目立たなく細い赤のラインが縁どられてあり

靴紐もスタンダードの白地に紺と赤のラインが入っている柄を、本体に合わせて付け替えを選んだ。

「すごいお洒落さ」

ラビは靴紐の長さを合わせ、スニーカーを地面に置き足を入れる。

「ぴったりさっ!」

ラビは立ちあがり2.3歩軽く歩いてみる。

「すごくしっくりくるよ!」

「よかったな」

「ユウ!ありがとう。ほんと嬉しいさっ!」

ぴょんぴょんとベンチの周りを歩き、全身で喜びを伝えてくるラビを見て、何をプレゼントしようかと

悩んだ甲斐があったと微笑む。

「あっ!」

ラビは神田の前で腰をかがめて顔を覗き込む。

「な、なんだよ」

いきなりラビの顔が近付いてきて、慌ててベンチの背もたれに背中を押しつけ少し距離を取る。

「ユウ、明日試合ってオレ知らなかったさ・・・何時からなんさ?」

「わりぃ、試合っても公式試合じゃなくて練習試合なんだ。だからお前には言わなかった」

「うん・・・」

「9時からだから・・・7時半には会場入りだな」

「あちゃ~!もう帰らないとヤバいよっ!ごめん、もう10時過ぎたさ・・・」

今まで世話になった靴を新しいスニーカーが包まれていた袋に慌てて入れながらラビは謝ってくる。

 

 

「いいんだ、気にするなよ。俺が勝手に来たんだから。そんなに喜んでもらって嬉しいよ」

神田はベンチから立ち上がり、再び肩に鞄を下げラビと向き合う。

「うん、凄く嬉しいっ!家の中でも履いていたいよ」

「それは止めておけ」

思わずふたりは噴き出して大笑いした。

帰宅を共にし、久しぶりの会話を楽しむ。

明日は丁度バイトも休みだから、試合を見に行くとラビは言いだした。

公式試合ではないので無理しなくていいと神田は遠慮がちになる。

しかしラビは中学3年の総体以来、神田が剣道をしている姿をみていないからと駄々をこねる。

考えてみれば明日はラビの誕生日なんだから、好きにさせるのが筋だと思い

神田はOKの返答をする。

こんな事なら誕生日当日の明日にプレゼントを渡せられたのにと、変に気をまわした事に苦笑する。

「朝から一緒に行っていい?」

「早いぞ」

「うん」

ラビはにっこりとして神田を見つめる。

「6時半に出発だ。大丈夫か?」

OK!5分前に迎えにいくよ」

「遅れたらおいていくからな」

「わかってるって」

ラビは携帯電話を取り出しボタンを早く打ちはじめた。

「急にどうしたんだよ」

ラビの持つ携帯電話を覗き込んで神田は問う。

「目覚まし、セットしてるんさ 帰ってからだと忘れたら大変だしね」

「目覚まし??これで目覚まし・・・できるのか?」

ラビはすぐ横にある神田の顔をじっと見つめてから腹をかかえて笑いだした。

「ユウちゃん、ホントにおもしろい!」

ようやく電話とメールを使いこなせるようになった神田だが、どうやらその他の機能は全く気にしてなさそうだ。

カメラ機能だって前に教えたが、結局1回しか使ってないからおそらくもう忘れているだろう。

ヒクヒクと笑いをこらえながら涙眼で神田を見る。

目の前の男が、何故こんなにも大笑いしてるのかが全くわからなく、きょとんと突っ立てる神田。

「何がそんなに可笑しい」

「だって・・・ユウちゃん・・・せっかくの携帯がもったいないさ」

「そんな事言ったって・・・いいじゃんかよっ」

「目覚ましは便利だから教えておくさ」

神田にも携帯電話を開かせ、分かりやすく説明を始めるラビ。

「ユウは何時に起きるさ?」

「う~ん。5時半でいいかな」

「じゃぁね、時間になると音がなるから、ココを押して止めてね」

「ココだな。わかった・・・あとさ・・・」

「ん?」

「この前お前と撮った写真、どうやったら見れるんだ?」

神田は少しはにかみながら、携帯の液晶画面からラビに視線を移す。

「それは、ココを押してフォルダーを選択するんさ。ほら、あるでしょ」

ラビの人差し指が液晶画面をすべる。

「これ押すのか~」

やっと写真を開く事ができたと喜ぶ神田に、あの日ホームで一緒に撮った日から

写真を見て無いのかとラビは呆れがちになる。

確か写真撮ったのはふたりで携帯電話を買った次の日だったとラビは記憶していた。

「ねぇユウ。その写真って携帯買った次の日に撮ったよね」

「え?そうだったか?」

「うん。・・・ねぇ、明日ユウの防具姿で一緒に写真とってもらえるかな?」

「別にかまわねぇけど」

「やった!」

変なヤツと思いながらも家まで送ってくれた事は感謝し、そしていきなり明日の試合が楽しく感じてきた

神田は胸がくすぐったかった。


ベッドからのそりと身体を起こし、両腕を大きく伸ばしあくびをする。

久しぶりに昼すぎまで寝たなと時計を見る。

ベッドから出て、歯磨きと洗顔を済ませ赤い髪を手()(ぐし)で整える。

コップ一杯の水を一気に飲み、ラビは携帯電話を手に持つと床に腰を下ろした。

フォルダーを開き、先日撮った写真を眺める。

剣道の防具姿の神田と、ピースサインで笑ってる自分。

そしてその日は自分の誕生日だった。

あれから2週間がすぎてしまったのかとしみじみ思う。

久しぶりに見た神田の防具姿に、自分でも驚くくらいに胸が高鳴った事を

今だに引きずっている事実に、疑問を抱きながら今日まで過ごしてきた。

 

神田とはそれ以来、連絡も1回きりで会ってもいなかった。

 

「はぁ・・・・・」

 

深いため息をつく。

(一体オレ、どうしちゃったのかな・・・・)

 

 

 

 

 

ラビは3日前に付き合っている彼女とデートをした。

デートはデートなんだが、彼女に呼び出されたと言った方が正しいだろう。

流行りの映画を観て、その後食事をするというお決まりのコースだった。

ラビは食事の後、彼女を駅まで送って行った。

夕暮れ時、ふたり路地を歩く。

たわいのない会話が途切れ、彼女は急にラビの前に立ち止まった。

「どうしたさ?」

きょとんとしたラビを彼女はじっとみつめ大きく深呼吸をする。

「あ、あのね・・・ラビ君・・・・私といて楽しい?」

「え?」

「私のこと・・・好き?」

「・・・・・・・」

いきなりの質問にたじろぐラビに彼女は一歩近づく。

「キスして欲しいの」

頬を赤く染め俯く彼女の放った言葉にラビは茫然とし、どう答えたらいいのか分からなかった。

こんな事を彼女が言い出すとは思ってもいなかったし、

彼女とキスをするという行為を想像すらもしなかった。

しかし、自分たちは付き合っているのは事実だし、彼女の要求を受けるのは自然なことなんだろうと

困惑する気持ちを納得させていた。

ラビは震える彼女の肩に両手をかけ彼女の名を囁く。

その後、ふたりの影が重なったのは何秒もかからなかった。

 

 

 

何かが違っていた。

彼女とキスをして分かった感覚だった。

唇はやわらくて良い気持ちだった。

でも、正直ただ『こんなもんなのか』という感じだ。

ドキドキした胸の高鳴りとか、切なくなる気持ちとかはなく

ただ虚しさだけが残ってしまった。

-彼女のことは好きではなかったのか-

いや、嫌いじゃない。でも好きなのかと聞かれたらどうなのだろうか?

-女の子と付き合うという形にこだわっていたのだろうか-

女の子と付き合うことには興味はあったし、クラスメートからも羨ましがられるのは悪くない

 

彼女とキスを交わした日から考え悩んだ。そして今も頭をかかえてしまう。

 

手に持つ携帯の液晶画面に映る神田と自分をみつめてると

心は自然とほころび、笑みが漏れる。

 

-彼女に対してもこんな感情が持てたらいいのにな・・・-

 

ラビはハッとした。

携帯を持つ手が震えた。

喉の奥からじんわりとした乾きが襲ってくる。

 

オレは彼女に対して恋愛感情をもっていなかったのか?

 

ラビは愕然とした。

そうなのだ。

女の子と付き合うという形にこだわり過ぎていたのだ。

そりゃ、もちろん男として女の子には興味がある事は事実だが、

彼女個人に対してはどうなのだろうかと問われると言葉が詰まるだろう。

だからといって彼女が嫌いな訳でもない。

しかしそれ以上の感情もな訳で・・・

 

彼女に対する自分の気持ちがうすっぺらなものなのだったのかと思った今、

「好きだ」と言ってくれた彼女の気持ちに傷を付ける事になる

 

それと同時に湧き出る疑問がラビを悩ませる。

 

(じゃぁ、ユウに対する感情は恋愛感情なのだろか?)

(いや、それは可笑しい。ユウは男なんだ)

(でも、この胸の痛みやドキドキする感じは何故?)

 

首をもたげ、窓の外を見上げる。

真っ青な空にもくもくと大きな雲が綿あめのように見える。

 

大きなため息を漏らすと同時に、手の中にある携帯電話が鳴り出し

ラビは無駄に驚き身体が跳ねた。

画面に映る発信者の名前が目に飛び込んできて、何故か手が震える。

(ユウっ)

そっと受信ボタンを押してそれを耳にあてる。

「おいっ!早く出ろよ」

「ユ、ユウ・・・」

「出なかったらどうしようかと思ったぜ」

いつもと変わらない神田の声なのに、ラビは緊張する。

「ど、どうしたの?」

「・・・・・・なんだよ、お前。凹んでるのか?」

「え?」

「声のトーン低すぎ」

「あ、あぁ・・・いや、大した事ないさ」

「ふーん」

神田のちょっと不満げな顔が目に浮かぶ。

「ユウこそ何かあったの?」

ラビは膝をかかえ再び窓の外の大きな雲に視線を移す。

「あーー。そのな・・・夏休みの課題なんだが・・」

「もしかして・・・・終わってないとか・・・?」

「あぁ・・」

「えぇぇぇっ!マジ?だって、明後日は学校だよっ!」

思わず大きな声になってしまったが、手伝って欲しいと頼む神田にOKの返事をする。

「お前ン宅に行っていいか?」

「うん。いいけどオレ起きたばっかりなんさ」

「じゃ、1時間後ってのはどうだ?」

声から伝わる神田の必死さがラビの口元を緩める

「30分でいいさ」

 

 

電話が切れて、ますますラビはため息が大きくなった。

あと30分で神田がここに来る。

過去何度も神田はラビの家に来てる事なのに、心臓がうるさい。

「くそっ!」

顔をしかめ、ラビは自分の胸を何度も拳で叩いた。

 

 

 

 

>>続く