彩りのころ 【1】

 

 

 

春の嵐が去った後のせいか、桜の花がちらほらと咲く4月 

 

大学の大講堂の階段を神田ユウとラビは、真新しいスーツに身を包み下りてきた。


「もう、校長だか役員だか知らないけど、年寄りの話しは長くてこまるさ。


 オレ、ケツが痛くなったさ~」


「まったくだな」


大学の入学式を終えた2人は、陽の高く上がったキャンパス内を闊歩する。


「また、こうしてユウと学校の中、歩けるなんて嬉しいさ」


「高校は別々だったからな」


「一緒の高校にすればよかったさ」


「でも、毎日のように会ってたじゃねぇか」


「ユウに会えなきゃ、オレ死んじゃうさ」


ラビは目元に腕を持ってきて、泣きまねをする。


「何、言ってんだよ」


神田はラビの肩に腕をまわす。


「お前のおかげで、また同じ学校に行ける」


神田はそう言うと、腕をラビの肩に回したままラビを覗き込む。


ラビは泣きまねを解いて、伺うように神田を見る。


視線が合うと、神田はもう片方の手でラビの鼻を摘んだ。


ラビはその手を振り払い、「何するんさ!」とのけぞる。


「感謝のしるしだ」 神田は微笑んだ


「もう!ユウはっ!」


今度はラビが神田の肩に腕を回し、自分の方に引き寄せ、もう片方の手で神田の腰を抱く。


「おいっ!ここは・・・」

キャンパスの中だぞ、と神田は言いかけたが、


その言葉はラビの唇で塞がれた。触れるだけの一瞬のキス。


「感謝のしるしさ」

 

 

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ふたりが出会ったのは、かれこれ10年近く前。


小学校の頃、ラビが転入してきたのがきっかけだ。


それ以来中学まで偶然にも、ずっと同じクラスだった。


何をするにも一緒で、本当の兄弟みたいだと周りから言われていた。


家も近く、母親のいないラビを神田の母親は、自分の息子のように可愛がり、


ラビは神田の自宅に食事をご馳走になったり、泊まったりした。


あまりにも近い存在で、お互いがお互いを最も大切な存在だってことを気づかずに過ごしていた。


いつも、傍にいるのが当たり前のように・・・・

 

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朝、7時に起き、7時30分に家を出る


神田は少々大きめの真新しい制服のブレザーを肩にひっかけ玄関を出る。


門の生垣越しに見える赤い髪。


毎朝、ラビは神田を迎えに来る。


これは、小学校から何年も変わらない朝の光景だ。


「おはよっ!」


自転車にまたがったまま、ラビは神田をみてニッコリする。


「あぁ オハヨ」


神田はラビの自転車の荷台にまたがりながら、制服のブレザーに袖を通す。


「ユウ 鞄」


「あ、わりぃ」


ラビは神田から鞄を受け取ると、自転車の前籠に放り込こむ。


「いくよ」


ラビはペダルに足を掛け、自転車を走らせる。


神田はラビの腰に手を回した。

 

 

高校は離れたものの、方向が同じだった為、途中まで一緒に行こうとラビは神田を誘った。


朝だけでも神田と話しをしたいというラビの願望だった。


「チャリで迎えにいくからさ」


歩いていけば15分で着く駅まで自転車で行き、


駅から電車に乗り2つ目の駅から歩いて5,6分のとこに


神田の通う学校があり、更に2つ先の駅からバスで10分程のとこにラビの通う学校がある。


自転車での時間と2駅の時間、神田と一緒にいられるのだ。


今までも一緒に登校してたのだから、いちいち俺にそんなこと言うなと神田はラビに言った。

 

 

 

小学校の時、転入してきたラビは、赤い髪に緑の瞳という容姿に、


周りの生徒は物珍しく、敬遠していたが、


そのうち興味と妬みで、ラビをからかうようになった。


いわゆる俗に言う「いじめ」だ。


だが、神田だけは違っていた。


ラビを周りの生徒から庇うことはしないが、いたって普通に接してくれたのだ。


移動教室の時、休み時間、給食の時、神田からラビに声をかけ、一緒に行動をした。


 

ラビの両親はラビが生まれてまもなく離婚し、母親の手で育てられてきたが、


この学校に転入してくる前に母親を事故で亡くしたと神田は聞かされる。


特に同情はしなかったが、自分が友人としてラビの力になれればと、小さいながらに神田は思うようになる。


     「なぁ、おまえの髪の毛って何で赤いの?」

     「混血だからさ」

     「こんけつ?」

     「ダディはポーランドとイギリス、マミィは中国と日本のハーフなんさ

      だからオレは4つの国の血が混ざってるんさ」

     「はぁ?何だそれ」

 

 

 

駅前の自転車置き場に自転車を止め、ふたりは足早に改札口に向かう


「あ、これ」


神田は鞄から弁当箱を出し、ラビに差し出した。


「おふくろがお前にって・・・」


「え?マジで?」


ラビはキラキラと瞳を輝かせ、神田から弁当箱を受け取る。


「いつも悪いさ」


「いいんだよ。 おふくろが好きでやってんだから」


「ユウはいいな。こんな料理の上手いやさしいおふくろさんがいて」


「お前もおふくろに甘えていいんだぞ」


「へ?」


「お前のこと息子のようだからっていつも言ってるから」


「ありがとさ」


 

上り線のホームへ通じる階段を駆け上がると、タイミングよく電車がすべり込んできた。


電車が起こす風圧に神田の長く黒い髪が揺れた。


時間的にかなり混んでる車内に乗り込むが、人に押しつぶされそうになる。


電車はゆっくりと発車し速度を上げ始める。揺れと共に混んでる車内には空きが出来て、身体が少し


自由になり、ふたりは身を寄せた。


「今日、帰りどうする?」


神田より若干背が高いラビは、視線を下げて神田を見ながら問う。


「何もないと・・・思うが」


「へへ、空いてるね


「あぁ」


「じゃ、待ってるさ」


待ってるとは、神田の乗り降りする駅のホームを指している。


「わかった」


ふたりはニッコリ微笑んだ。


2駅なんてあっという間に時間が過ぎ、神田の降りる駅に到着する。


 

「おい」


「ん?」


「学ランの前ボタン、ちゃんと閉めとけよ」


「ユウは几帳面さ」


「常識だ じゃぁな」


車内の扉が開き、神田は人ごみに流されながら車内を後にする。


扉は閉まり、ゆっくりと電車は動き出す。


ラビは窓に視線を向けると、人に紛れて見えなくなっていた神田がホームに突っ立って


こちらを見ていた。


(ユウ!)


大声で叫ぶわけにもいかず、ラビは慌てて手を振った。


神田もニッコリと笑みを作り、右手を胸の辺りに挙げ、小さく手を振っている。


電車はそんなふたりに構わず加速し、みるみる神田の姿が見えなくなっていった。


ラビは俯きくすぐったく笑みを作り、学ランの前ボタンを留めると、ズボンの後ろポケットから


Ipodを取り出し、イヤホンを耳に当てた。


流れる音楽と共に、心の中に暖かいものが流れてくるのを感じていた。

 

 

6時限の後のホームルームが終わると、生徒達のほとんどが部活動へと姿を消す。

 

まだ、1年生は仮入部という形で部活を始めている者も多かった。

 

神田は中学の頃、剣道部に所属していて、県大会のベスト8に選ばれる程の腕を持っていた為、

 

高校も剣道が強いとされているいくつかの高校から推薦がかかり、この学校に決めたのだ。

 

さっさと仮入部を済ませたいと思ってはいたが、神田の気持ちの中で何かが入部を拒ませていた。

 

それは、神田自身よく分からないのだが、いまひとつ入部することへの躊躇いが消えずに、日にちだけが

 

過ぎていった。

 

神田は今日も、入部届けを鞄の中に入れたままホームルームを終えると、さっさと教室を後にし、駅へと向う。

 

(あいつ、待ってるかな・・・)

 

駅の改札を抜け、ホームへと階段を上がる。

 

下り側のホームの端の方に赤い髪がユラユラとしているのが視界に入ってきた。

 

その、光景にホッとしたのと、胸の中から湧き上がる“うれしさ”に神田はハッと息を飲んだ。

 

自分が部活動へのためらいを感じていた原因が解かったのだ。

 

部活を始めれば、当然のごとくラビと一緒に登下校は出来なくなる。

 

中学の頃は、神田が部活を終えるのを、ラビは待っていてくれた。

 

ずっと練習を見ていることもあれば、教室で居眠りしていたり、図書館で本を読んでいたりしながら、

 

毎日待っていた。

 

しかし、学校が別々になると、今までのようにはいかないであろう。

 

まして高校ともなると、部活動の内容が一段と厳しくなるのだ。

 

朝練、午後練はもちろん、

 

土日だって練習や試合でますますラビに会ってる時間など、なくなってくるにちがいないのだ。

 

 

 

ゆっくりと近付く神田に気づいたラビはズボンのポケットから手をだし、小さく振った。

 

「すまんな。いつも待たせて」

 

「いいんさ。ユウは6時限、オレは5時限だから」

 

「学校が違うと不便だな・・・」

 

「そうかな・・・それはそれで楽しいじゃん」

 

「そうか?」

 

「こうして、ユウと待ち合わせて、ユウを待ってんのって嫌いじゃないさ」

 

ラビはニッコリと神田に笑みを向けた。

 

そんな事を言ってくれるラビに今まで何度救われてきたことか・・・

 

神田は口尻を上げ微小に笑みを作る。

 

「なぁ 俺んち くるか?」

 

「え!いいの?」

 

「明日は土曜で休みだし、メシ食ってけよ」

 

神田はこれからの時間をラビと共に過ごしたいと思い、誘いを入れてみる。

 

「えへへ 嬉しいさぁ あ、この前買ったゲーム持ってくさ」

 

「はぁ?俺はやらんぞ」

 

「ユウは見てるだけでいいって・・・!」

 

ふたりはホームに入って来た下り電車に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

登校時と同じく、自転車の荷台に神田はまたがり、ペダルをこぐラビの腰に手を回した。

 

「お前、着替えてくるだろ?」

 

ラビの耳元に顔を近づけ、神田が問う。

 

「そうする 先に帰ってる?」

 

「いや、いいよ。お前ん宅さきで・・・」

 

OK!

 

ラビの家は神田の家の少し先にある、県営の団地だ。

 

中学の時までは、母親の実父で中国人の祖父と暮らしていたが、もともと中国で開業医をしていた祖父は、

 

ラビが高校生になった事を成人とみなし、中国に帰ってしまったのだ。

 

まだひとり暮らしを始めて数週間だが、毎日のように神田の家で夕飯をご馳走になってるので、

 

まだ一人っきりの夕飯の時間を過ごした事がない。

 

 

 

ふたりを乗せた自転車はいくつかある団地の建物の敷地内をはしる。

 

一番奥の建物がラビの住む号棟だ。

 

神田もよく来るので、何も違和感なくラビの後に続いて団地の階段を上っていく。

 

玄関のドアをあけ、薄暗い室内に入る。

 

神田は居間の窓を開け室内の淀んだ空気を外に出す。

 

「空気の入れ替えくらいちゃんとしろよ」

 

「してるさぁ。休みの日とか・・・」

 

「アホ」

 

神田は散らかった雑誌を払いのけ、床に腰を下ろす。

 

ラビは自分の部屋に姿を消し、着替えているようだ。

 

それでも声は消せないようでぶつぶつ何か言いながら着替えていた。

 

「お待たせ!」

 

ラビは神田が手にしてるパンフレットに視線を落とし、神田の横に座り込む。

 

「ユウさぁ ケータイ持ちなよ」

 

神田の手にしてるパンフレットは携帯電話の新機種案内パンフレットだった。

 

「はぁ?いらねーよ」

 

「オレさ、買い替えようと思ってるんさ いっしょに買いに行こうよ」

 

ラビはすでに1年前に携帯電話を使用していた。

 

自宅に固定電話を置いてない為、何かと不便だろうと、祖父が用意してくれたのだ。 

 

それに高校生ともなれば、持っていない方がおかしいと思う時代だ。

 

「機械は苦手だ」

 

「分かってるさ。ユウが機械、苦手なの。でもアドレスにユウの名前がないのがイヤなんさ」

 

真近で見るラビの表情は真剣だ。

 

「よく言うよ。女の名前でいっぱいなくせに」神田はフンと鼻を鳴らす。

 

「見てもないのに何さっ」

 

ラビは少しふて腐れて、携帯電話を取り出すとアドレス一覧を表示して神田の眼の前に持ってくる。

 

「ヤローの名前しか載ってないさっ!」

 

「ンなこと知るか。 わざわざ見せ付けんな」

 

「ユウが変な事言うから・・・」

 

しばらく、ふたりの間に沈黙が流れる。

 

神田はパンフレットを何となく目で追っていた。

 

いじいじと隣で膝を抱え込みながら、手にしている携帯電話をいじってるラビに見かねた神田は、

 

ラビの頭にポンっと手を乗せた。

 

「そう怒ンなよ」

 

「怒ってなんかないさ。」

 

「俺も言いすぎた」

 

「・・・・・・・・・・」

 

「ケータイ 考えとくよ」

 

「え?ホント?」

 

ようやく顔を上げたラビに神田は微笑みながら、首を小さく縦に振った。

 

 

 

 

 

「いらっしゃい!」

 

神田の母親が笑顔で迎えてくれる。

 

自宅で着替えた後、再び自転車の荷台に神田を乗せ、神田の家に向かった。

 

「おじゃましま~す」

 

ラビが靴を脱ぐか脱がないかというところで、神田の母親はラビの腕を掴み、

 

「ちょっとラビくん、手伝って欲しいの」

 

と、奥の部屋へと引っ張っていく。

 

「わわわ・・・ちょっ・・・」

 

神田の方を見ると、くくく・・・と苦笑いをしながら、2階の自室へと階段を上っている。

 

「今日ね、英語教室の日なのよ。ちょっと手伝ってちょうだい」

 

「ユウ!」

 

階段を上っていく神田を呼び止めたが、「あのコを呼んでもダメ。役に立たないから」

 

と神田の母親はぴしゃりと言い放ち、ラビを奥の部屋に押し込んだ。

 

部屋の中の小さな視線がどっとラビに集まった。

 

小学生の低学年の子供達が15,6人こちらをみている。

 

「あっ!赤い髪のお兄ちゃんだぁー!」

 

ひとりの子がラビを指差し、ラビに駆け寄り抱きついてきた。

 

 

 

神田の母親は、嘗て外資系の会社に勤めており、そこで父親と知り合った。

 

父親は現在も在職中で海外出張が多く、一年の三分の二は海外で過ごしている。

 

そんな、父親の許に母親が出かけることもよくある。

 

両親は英語が堪能で、どうして神田は英語に興味がないのかラビはいつも不思議に思っていた。

 

その割には英語の成績はトップクラスなのだ。

 

一方、ラビは多様国の血が流れているせいか、英会話は母国語のようなものだ。

 

小学生のとき、転入した頃は、日本語がほとんど分からない状態の中、

 

神田が通訳のような事をしてあげていたのだ。

 

そして、日本語も神田から教わったようなものだった。

 

堪能な英語を話せるラビが、英会話教室の日に遊びにくると決まって手伝わされるのだ。

 

 

 

抱きついてきた子はラビによく馴染んでおり、ラビが来るとべったりと離れない。

 

Yah! Hello! How long time no see・・・How are you?

 

抱きついてきた子に抱き返しながらラビは子供に挨拶をする。

 

ラビはここの子供たちとは絶対日本語では会話しない。

 

それが、神田の母親には都合がよく、気に入られたようだ。

 

 

 

 

 

Oh!  You lovely of meIt is good also today.

 

ラビは両手を広げて大声で子供たちに言う

 

Yes! It is!」  子供たちも両手を広げて元気いっぱいに答える。

 

一気にコンサート会場のように活気ある教室になったところで、神田の母親がラビに耳打ちをする。

 

「検定試験を受ける子がいるから、私はその子たちを看たいの。

 

他の子達に本を読んであげてほしんだけど・・・」

 

Ok! Mam.

 

ラビは棚から何冊か絵本を取り出し、椅子に座ると子供たちにゆっくりと、絵本を音読した。

 

 

 

 

 

着替えをすませ、神田は自室からキッチンのある1階へと降りてきて、

 

水をグラスに注ぎ一気に飲み干す。

 

奥の部屋から聞こえるラビの堪能な英語に引きずられるように、

 

英会話教室となっている部屋のドアをそっと小さく開けてみる。

 

子供たちに囲まれているラビが視界に入ってきた。

 

その柔らかく優しいまでの表情と、時たま見せる子供達を見る愛おしげな緑色の眼差しに、

 

神田はドキッとした。

 

(あいつ、あんな顔するんだ・・・)

 

ラビの新しい一面を発見して、胸の鼓動が早まる自分に驚いた。

 

さっさと部屋に戻ろうとドアを閉めかけた時、「ユウ!」と名前を呼ばれる。

 

(気づかれた・・・)

 

心の中でそう思い、ドアを心持ち強く閉めるが、ドアはすぐにラビによって開けられた。

 

「どうしたんさ 中に入ったら?」

 

「い・・・いや・・・邪魔だから部屋にいる」

 

「ユウ?顔真っ赤さ。大丈夫?」

 

ラビは顔を近づけ、神田の瞳を覗く。

 

「えっ?そ、そうか?・・・・あ、・・・早く行ってやれ」

 

ラビの瞳を直視できず、神田は顔をそらす。

 

「あと、30分位で終わると思うさ」

 

ラビは神田の胸の鼓動が早まっている事も知らずに、にこっと微笑んで子供たちの許に戻った。

 

何とも言いようのない、ラビに対する今の自分の気持ちが不思議で、

 

神田は自室に戻ると学習用の机にひれ伏し考え込んでしまった。

 

後、30分程でラビが戻ってくる。

 

それまでに気持ちを落ち着かせないといけないと、自分に言い聞かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ユウ~待たせたさぁ~」

 

ノックと共に、ラビが神田の自室に入ってくる。

 

机にひれ伏している神田を見ると、ラビは神田に近付きそっと覗き込む。

 

「ユウ?」

 

神田の肩にそっと手を添えると、神田はびっくりしたように跳ね上がった。

 

「うおぉ!びっくりしたぁ」 ラビは後ろに仰け反る。

 

「寝てたの?」 ラビは体制を立て直しながらも、驚いた表情でいる。

 

「あ・・・ン うん そうかも・・・」

 

机にひれ伏せていたせいか、少しうとうととしてしまったようだ。

 

「これ、夕飯までにお腹すくだろうからって、おばさんが・・・」

 

ラビはクッキーが入った袋と、缶ジュースを神田の前に差し出す。

 

「あぁ お疲れだったな」

 

「いいんさ。あ!ユウさっき顔真っ赤だったけど、大丈夫なの?」

 

「えっ・・・あぁ・・・」

 

「ユウ、さっきからなんか変さ」

 

ラビは小さい座卓の前に腰を下ろし、缶ジュースのふたを開け口をつける。

 

「そんなことない」

 

神田も缶ジュースのふたを開けながら、ラビの向かいに腰を下ろす。

 

「オレたち何年ダチやってんのよ?ユウがおかしいのすぐ分かるさ」

 

「・・・・・・・・・」

 

「ま、いいけど・・・」 ラビはクッキーを頬張り、頬杖をつく。

 

「悪い・・・今は言えない」 神田はジュースのカンを両手で覆いながら、俯いた。

 

「わかったさ。言える時がきたら言ってよ。秘密はなしさ」

 

「あぁ・・・」

 

ラビはふふっと鼻で笑って、座卓に両肘をつけ身体を乗り出し俯く神田の耳元に唇を近づけた。

 

May I stay tonight?

 

小さな声で囁くように言うと、俯いていた神田は顔を上げ、「断る理由ねーよ」とボソッと答える。

 

Thank you! Yu. I Love you!

 

「ばーか、いつまでも英会話教室やってんじゃねぇ」

 

「いつものユウに戻ったさぁ」

 

ラビはニコニコしながら身体の状態をもとに戻し、再びクッキーを口に運ぶ。

 

「でもさ、どうしてユウは英語話さないの?おやじさんもおふくろさんもペラなのに」

 

「フン、俺は日本人だぞ。よそ様の言葉しゃべってどーする」

 

「そんなこと言ってたら、世間に置いていかれるさ。成績はいいくせに」

 

「ま、お前には負けるがな」

 

「血は争えませんか・・・」

 

ふたりはようやく眼を合わせ、微笑んだ。

 

「ユウ食べなよ。オレひとりで食ってるさあ」

 

クッキーをつまみながら、たわいのない話しをしているうちに、「夕飯ができたわよ」と

 

神田の母親がドア越しに呼びにきたので、ふたりは待ってましたとばかりに

 

リビングへと向かった。

 

 

>>【2】へ続く